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2016年 5月 5日 (木)

アサンテ サーナ

by ヒッポファミリークラブ宮崎

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右がマサイ族のジャクソンさん。左はケニヤからの留学生Mさん(と我が子)。
アフリカのマサイ族の方と、その第二夫人となった日本人女性がマサイの生活を紹介するイベントに行ってきました。
一夫多妻制だけど、夫人が増えるのは、協力し合える家族が増えるという感覚で、夫人同士は良い関係だそうです。

「牛」中心の生活で牛と話すことができる、とか(牛語を聞かせてもらいました。大自然を彷彿とさせる音でした)。男性は若い頃10年間野宿の共同生活をして、牛を毎日解体したりいろんな技術を学ぶ、とか、その卒業試験はライオン狩りだとか、面白いお話ばかりでした。

そのあとのアフリカ楽器の演奏会も、祝いの際のかけ声など教えてもらって、最後はみんなで踊って大いに盛り上がりました。


そのあと、ヒッポに時々来てくれるケニアの留学生Mさんと、我が家で一緒に夕食を食べました。
話はケニアの歴史に。

「以前はアフリカに国はなくて、いろんな部族が点在しているだけだった。100年くらい前に植民地化が始まって、各国が「ここからここまではイギリス領土」「ここからここはフランス領土」などと勝手に線引きした(それが今の国になった)。点在していた人々を狭い土地に追いやって、広い土地に大農園を作った。
また2回の世界大戦の時、イギリスはケニア人をさらって兵士にして、最前線で戦わせたため多くが死んだ。Mさんの祖父もイギリス兵士となった。戦後帰国して、習った銃の使い方をケニア人に教え、イギリス軍から銃を奪って独立闘争をして、1963年に独立した。
でも一部の英国人大農場主は残って、今も会社として農場経営をしている。ケニアとイギリス政府はその人たちを999年間保護する約束をしている。
今も時々ケニア政府は英国人大農場主から土地を買って、土地がない人に販売している」

私は、今まで無知だったアフリカの重い歴史に衝撃を受けました。

Mさんは「ケニアに帰ったら、ヒッポファミリークラブを作りたい」と言ってくれました。
いろんな民族がいて戦いがあったり、他の国から支配された歴史があるから、どんな国の人とも上も下もなく仲良くなれるヒッポの良さを強く感じるのかなあと思いました。

ホームステイの受け入れもしてくれるそうです。
いつか本当にケニアとヒッポのホームステイ交流ができたらいいなと思いました。